こたつの熱で温まった足先を引き寄せて、あぐらで座る。手元にとったみかんの皮をむげばすぐに、柑橘系独特のすっぱい匂いが広がった。
「……嵐くんはさ、シルバニアファミリーって知ってる?」
隣でぼうっとテレビのCMを眺めていた美奈子が唐突に口を開いた。
「しるばみやファミリー?」
「シルバニアファミリー」
「………?」
聞きなれないカタカナ語に首を傾げているうちに、ひょいっと腕が伸びてきて、むいだばかりのミカンがひとふさ、断りもなく攫われていく。あっという間に、美奈子の口の中に消えた。
「ウサギとかネズミとか、小さな動物のお人形さんでね、そのお人形さんたちのお家があって、それで遊ぶの。ほら、小さな女の子の、おままごと用のおもちゃっていうのかな」
「んー……。知らねーや。俺、女の子じゃねーし」
「そっか。だよねぇ」
ひとふさじゃ足りなかったのか、美奈子はこたつの真ん中に置いてあるみかんの入った籠に腕を伸ばした。
小さくはないが大きくもないこたつに2人並んで入っているせいで、少し動くにも窮屈だった。届きそうで届かないらしく、唸り声があがる。右手を伸ばすと俺の指は籠のふちになんとか引っかかったので、そのまま引き寄せた。
「ん」
「ありがとう」
「で、そのシルバミアファミリーがどうかしたんか?」
「うん。あのね、私、小さい頃すごくそれが欲しかったんだ。小さなものが可愛くて好きっていうのもあったと思うけど、ああいう洋風な感じのものにすごくあこがれてたんだと思う。可愛いティーポットとか、お皿とか、じょうろとか」
みかんの皮をむく美奈子の手元にあるのは急須だった。つるりとした白い陶器に蒼い線で描かれた模様が可愛いかどうかはわからない。むしろ渋いと言ってもいいくらいだった。
「紅茶が入ったティーポットの傍にはミルク差しがあって、パウンドケーキが切り分けられてるの。そういう家庭に憧れた時もあったっけなぁ」
笑いながらみかんを口に放り込んだ美奈子は、思い切り顔を顰めた。酸っぱかったらしい。
手の中にあるみかんをじっと見下ろして、想像してみる。
食後の一服がほうじ茶じゃなくて、紅茶。それもティーポットで淹れたヤツ。
こたつじゃなくて、ダイニングキッチン。あぐらじゃなくて、椅子に座って。
手元にあるのはパウンドケーキ。
もちろんみかんのように手で食うわけじゃないだろう。フォークとナイフを駆使しなければならない。
「…………おまえは、そういうのがいいんか?」
恐る恐る聞いてみる。俺は絶対に嫌だった。
うーん、と考えるように首を捻った美奈子は、一人でニタッと笑った。
「不思議よね。あんなに憧れてたはずなのに、今はちっとも思わないの
言いながら、湯気がたつ湯呑を両手で包み込むようにして持った。冷えた指先が温まって丁度良いらしい。
そうやってほうじ茶を飲む顔は、とてもうまそうだった。
「嵐くんのせいだよ?」
「なにが?」
「ずっと憧れてた洋風より、こたつにみかん、みたいな典型的な日本のお家ってやっぱり良いなーって思うようになっちゃったの、嵐くんのせいなんだから」
「……ふうん?」
「って、それだけ?」
不満そうに言って、美奈子は自分でむいたみかんを口に運んだ。また顔を顰める。
俺も自分でみかんをむいでいたことを思い出して、ようやく口に入れた。あ、俺のは甘ぇ。
「洗脳大成功ってわけか」
「そう。そういうことです。いつの間にか、嵐くんに染まっちゃったんだよねぇ」
なんて幸せそうに言うから、俺は美奈子がむいだ酸っぱいみかんを引き寄せて、俺がむいだみかんを彼女の前に置いた。
「こっち食え」
「え、いいの? やった、ありがとう」
「そんで、そのシルなんとかファミリーの家ってどんなんなんだ?」
「ん? んー……。3階建てとかで大きいんだよ。それで、出窓とかがあるの」
「ふーん……」
酸っぱくてもみかんはみかんだ。俺はまとめて3房口の中に放り込んだ。……う、やっぱ3つはやりすぎたか。酸っぺぇ。
顔を顰める俺の横で、美奈子は甘いみかんをうまそうに食ってた。
口ん中は酸っぺぇけど、美奈子のうまそうに食ってる顔を見ると、心臓の真ん中あたりが優しい気持ちになる。ほっこりと、甘い。
うん。やっぱいいな、みかん。甘くても、酸っぱくても美味い。
「俺、あんま洋風なのは好きじゃねーけどさ、家はでっかいの建てる。犬飼うし」
唐突な宣言に、美奈子は軽く目を瞠った。
「やだ。あんまり大きくなくていいよ。掃除が大変じゃない」
「そんくらい手伝う。雑巾がけとか、体力作んのにちょうどいいしな。子供が出来たら、そいつらにも手伝わせたらいいだろ」
「もし男の子だったら柔道やらせる気?」
「んなもん決まってる。男でも女でも関係ねーよ」
「もう」
そう言いながら美奈子は、何だか幸せそうに笑った。
俺が幸せだから、そう見えただけかもしんねーけど。
「でもやっぱ男がいいな。んで、兄弟にしてぇ」
「えー。私は女の子が欲しい」
「んじゃ3人だな。男男女で3人」
「3人か……。お父さん、頑張らなきゃだね」
「頑張るのは俺じゃなくておまえだろ。産むのおまえなんだから」
「はいはい」
「返事は1回」
「はーい」
間延びをしたそれに、でこぴんをくれてやろうとデコに手を伸ばした。
不意に気が変わって、前髪をかき分ける。つるりとした額に、唇を押し当てた。
「ひゃっ」
そのまま引き寄せれば、首元を美奈子の髪がくすぐった。温もりがじんわりと伝わってくる。
「……ねえ、嵐くん」
「ん?」
「ほんとに、大きくなくていいから、それより、明るいお家にしようね」
「俺とおまえがいて、暗くなるほうが難しいだろ」
「………それもそうだね」
ふふっと笑った息が首元にかかる。抱きしめる力を強くすると、美奈子の腕がそろそろと俺の背中に回されてきた。
首筋に唇を這わせる。
「んっ」
「悪ぃ、痛かったか?」
「う、ううん。そうじゃなくて、嵐くんの鼻が冷たくて」
「ちょっと寒かったからな」
「じゃ、じゃあお風呂入らない? 体あっためなきゃ」
「大丈夫だ。すぐあったまるから」
ぐっと体を押し倒す。こたつから出れば、外気に触れて確かに寒かった。けどそれもすぐに気にならなくなるだろう。
「美奈子、さっき家の話な」
「ん、うん?」
「アレ、別にプロポーズとかじゃねーぞ?」
「え? あ、う、うん……」
俺の顔の真下で、美奈子は不安そうに眉根を寄せた。曇った表情に、今度こそその額を中指で軽くはじく。
「痛ッ」
「勘違いすんな。おまえと結婚しねーって言ってるんじゃねーぞ。プロポーズは、もっとちゃんとした場所でちゃんと言う。なんかあんだろ? そういうの」
「う、うん」
「予告したからな。楽しみにしてろ」
「…………それってほとんどプロポーズなんじゃ……」
「ん? なんか言ったか?」
「……ううん。なんでもない」
くすくす笑いながら、美奈子の腕が首に巻きついてきた。
温かくて、甘い匂いに包まれる。
目を閉じれば、確かな幸せで満たされた家が思い浮かんできた。
これから2人で築き上げていくんだ、そんな未来を。
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