公園通りをブラついた後、森林公園を散歩していると、ふと周りに誰もいないことに気が付いた。
「美奈子」
「んー?」
プラプラと繋いだ手を振りながら、夕暮に染まる花壇を見るともなしに見ていた彼女の顔が俺を見上げる。
その唇にキスをしようと腰をかがめれば、ガサガサと美奈子の荷物が肩からずり落ちた。
重みのある紙袋の山に、小さくチッと舌を鳴らす。
「買いすぎなんだよ、テメェは」
「う…っ」
財布の中身を思い出したのか、美奈子は眉間に思いっきり皺を寄せた。
「た、確かにちょっと買いすぎた感はあるけど、でも、セールだったんだもん。安く買えたんだからいいじゃない」
「それで必要以上に使ってたら元も子もねーだろ。第一コレじゃキスもできねぇ」
「そっ、……それは、その、家に帰ってからすればいいんじゃないかな。ほら、荷物も置けるし、ゆっくりできるし?」
軽く俺を押し返しながら、美奈子は微かに頬を染めた。小さな指には力が籠っていない。
言ってることと態度が違ぇだろ。されたくねーってんなら、そんな可愛い顔すんじゃねーぞ、コラ。あー…、ったく。その伏せた目には弱ぇっつってんだろが。やっぱコイツの意見は却下だ、却下。言うだろ? 我慢は体に良くねぇってよ。
周囲にさっと視線を走らせた。さっきと変わらず人影はない。小さくガッツポーズを作って、美奈子に向き直る。
「俺は今してぇんだよ」
俺が引き下がるとでも思っていたのだろうか。美奈子は驚いたように目を見開いた。
「えっと……。ここ、外だよ? いちゃいちゃ出来ないよ?」
「そりゃ家帰ってからすりゃいいだろうが」
「だったらキスもここでしなくても……」
「しょうがねーだろ。ムラついたんだからよ」
ストレートな物言いに、美奈子は金魚みてぇに何度か口を何度かぱくぱくさせた。それでも言うべき言葉が見つからなかったのか、諦めたように息を吐き出した。しかも首振りつきだ。まるでガキの駄々を諌めるかのように。ハッ。上等じゃねーか。ソッチがその態度なら、コッチにも考えってモンがある。
「なぁオイ、いいこと思いついたぞ」
「……なに?」
「たまにゃテメーからしろや」
「………なにを」
わかってるくせに、美奈子はわざわざ構えるようにして俺を見上げた。自然、ニヤリと口角が上がる。
「キスに決まってんだろ」
「やだ」
俺の語尾と美奈子の否定がほとんど被っていた。
「チッ。即答かよ」
「やだったらやだ」
「なんで」
「恥ずかしいから」
「誰もいやしねぇよ。しねーとテメェ、今日は帰さねーぞ」
涼やかな視線で見下ろせば、美奈子の顔色が音を立てて変わった。もちろん、美奈子のバイトが明日の朝早くから入っているのを俺は知っていた。責任感の強い美奈子に、遅刻だの休むだのといった選択肢がないことくらいは俺にでもわかる。当然、美奈子は噛みつく勢いで
「琥一くんの鬼! 悪魔!」
と、俺を睨みあげながら叫んだ。口の端を吊り上げる。
「鬼も悪魔も上等じゃねーか。わかってんだろ?」
どうするよ、と目で聞けば、睨み返して来る瞳の力が弱まった。
「もう……。わかったよ。琥一くんのあまえんぼ!」
「ハァ!?」
聞き捨てならないセリフに目を瞠った間に、美奈子の小さな手が肩に乗せられた。彼女が精一杯伸びをしても、俺の肩口にすら届かない。膝を少し折り、頭を僅かに下げると、赤い唇が近づいた。美奈子はすでに目を閉じている。
それでちゃんとキスできんのかよと思いつつも、俺も目を閉じて美奈子に任せた。
ちゅ、と柔らかい感触が触れたのは、鼻先だった。
固く閉じられた瞼が微かに揺れ、離れていこうとした身体を腰ごと抱いて引き止める。美奈子の荷物が肩から音を立てて落ちた。
「こ…っ」
言葉すら飲み込むように唇を合わせる。
「バカ」
「な、なん」
「キスってのは、こういうのが正解だろーが」
貪るように舌を絡め上げてくすぐる。
「ん……ふっ」
耳の後ろを指で撫で、同じように舌の裏も撫でる。かくんと、美奈子の膝の力が抜けた。抱きとめて、体重を俺に預けさせると、美奈子が喘ぎながら言った。
「し、信じ、らんない」
「ああ?」
「ここ、外、よ?」
すかさず
「ウチだったらいーのかよ」
と、突っ込む。
「そ」
美奈子が勢いよく顔をあげる。今度は俺が、否定の言葉を紡がれる前に声を出した。
「さっさと帰んべ。続き、しねぇとな」
「や、ちょっと、嘘でしょ? ねぇ琥ッ」
美奈子の買い物袋を持ち上げて歩き出した俺の後ろを、美奈子は慌てて追ってきた。
その様子が犬っころみたいで、俺は喉をクッと鳴らした。晩飯、なにすんべ。買っておいたとっておきの肉にすっか?
美奈子にゃ悪ぃが、帰す気なんて、ハナっから俺にはありゃしねーんだよ。