源さんと山崎君の死に千鶴は打ちひしがれていた。今までなんだかんだといっても、親しい者の死に出くわさなかったからかもしれない。
 だがそれにしては。
 斎藤は首を傾げた。目に余るほどの、ひどい落ち込みようだ。
 起きていても寝ていても、気が付けば涙を流している。以前なら無理をしてでも『大丈夫です平気です』と笑って見せたのに、以前なら『斎藤さんこそお疲れでしょう。今お茶を淹れますね』と微笑みかけてくれたのに。
 今の千鶴は自分の状態を隠そうともしない。そんないじらしささえ 失くしてしまったようであった。声をかけても反応が薄い。鬼になんの抵抗もなく連れ去られそうだ。やはり昼間は起きて俺が見張らなければならない。
 彼女は何故ここまで自分を失ってしまったのか。
 俺を呼びに来たことを後悔しているのだろうか。間に合わなかったことに責任を感じているのだろうか。だが落ち込まなければならないのは俺のほうだ。甘霧に歯もたたなかったのは無力な俺なのだから。
 むしろ彼女が撤退を助言してくれたことで帰路への時間は短くなったくらいだ。あのまま戦っていれば、退くためにはさらに多くの時間を要していたことだろう。
 ならば、お前の存在に助けられたと伝えようか。
 しかしそんな言葉は何の意味もなさないように思えた。
 もしかすると、彼女は八幡山で俺が羅刹となったことを気にしているのだろうか。
 そうであれば、尚のこと彼女が沈む必要はない。俺は、俺のために羅刹になる道を選んだのだから。
 新選組が彼女を守ると決めた。そして俺は武士として、新選組の命に従っただけだ。
 そして俺自身、彼女を守りたいと、思っていた。
 もし、彼女が俺のことを気にしているのだとしたら――。
 斎藤は顔をあげて、千鶴のもとへ向かった。
 彼女は何故かずっと頓所の戸口に座っている。まるで誰かの帰りを待っているかのように。
 待人が いるかのように。
 そんな彼女の後ろ姿を見て、斎藤は自分が見当違いな励ましをしようとしているように感じた。むしろ自分の言葉が彼女を追い込むのではないだろうか、と。
 俺はお前が俺を呼びに出てくれて良かったと思っている。いつも戸口で待ってくれている千鶴が。それに俺が羅刹になったのはお前のせいじゃない。俺が新選組の命を守りたかっただけだ。
 そんな言葉を重ねても、彼女は救えない。そう直感した。
 
 彼女の笑顔が戻ってくるのを
 ただ待ってるしか
 俺には出来ない

 斎藤は音もなくその場を去った。
 
 俺はお前に何を言えばいい?
 ・・・お前は、俺を必要としてくれているのか?