イイ奴

 うーんと、空いっぱいに腕を伸ばした。それでも横を歩く琥一くんのつむじには届かない。
「おまえは小せぇなぁ」
「琥一くんが大きいんだよ!」
「へぇへぇ。お、今日も賑わってんな」
 2月の最終週。春の訪れもそろそろかな、なんて思うくらい温かい日だった。そのせいか今日のフリーマッケットはいつもより人が多い気がした。琥一くんもそれを感じ取っているのか、なんだかウキウキして見える。
「こんだけありゃアタリあんぞ」
「そうだね!」
「よし、レコード漁るか。手伝え」
 目をキラっと輝かせた琥一くんは、その体格に似合わず、すごく幼く見えた。思わずふふっと笑えば、頬を少し赤く染めた琥一くんに頭をぽかりと殴られた。もちろん痛くなんてない。後頭部を抑えながら、まだそっぽを向いたままの琥一くんを見上げる。
「掘り出し物、見つかるといいね」
「オゥ。じゃな」
「うん。じゃな」
 ぶっきらぼうな返事をした琥一くんに手を振った。こういうフリマでは別行動が基本だ。ランチコートを翻して、私は琥一くんとは逆方向へと足を向けた。

 春だし、ポンチョが欲しいんだよね。薄いピンク系のがないかなぁ。あー、でもそろそろピアス開けたいし、ピアスもかわいいのがあったら買っちゃおうかな。
 うーん、どっちを探そう?
 獲物を決められずに、レコード盤も見ながらウロウロしていたら、琥一くんが手を振ったのが見えた。ふふふ、背が高いと目立っていいな。
 小走りで琥一くんのところに駆けよれば、
「おい、こっちは見つけたぞ。レア盤だからちょっと高いけどな」
 キラっとさせていた目を、今度はキラキラさせて琥一くんが言った。こういうことになると、彼は本当に無邪気だ。可愛いなんて言ったら、きっとまた頭を叩かれるから、胸の中にしまっておく。
 なんだか古いものがたくさん置いてあるお店の前に、琥一くんがしゃがんだ。しばらく広げられている商品を楽しげに見つめていたけど、ふとその視線を私に向けた。いつもは私が見上げられてばかりだから、琥一くんの上目遣いを見るのは初めてで、なんだかおかしな感じだ。
「おまえはなんかあったか?」
「え?」
「まわってきたんだろ? なんか買ったのか」
「ううん。うーん、ありすぎてよくわからなくなってた」
「なんだそりゃ。あー…どうすっかな」
 レコード盤を手に琥一くんが頭をぽりぽりと掻く。
「チクショー、飯抜くか……」
「えっ!」
「おい、オッサン!これ、もちっと安くなんねぇか?」
「ん? んーー……」
「な、頼む!」
「これは、なぁ。しかし……」
「ダメか。そりゃダメだよな…」
 はぁーー、と深くため息をついた琥一くんは、もう一度頭を掻いた。悩む姿から真剣さが伝わってくる。
 まずい、このままだと本当にごはん抜いて買っちゃうかも!
 ただでさえ、この兄弟の食生活はおかしいっていうのに! 私はあわててしゃがみ、琥一くんの服を引いた。
「ねぇ、琥一くん!」
「ぁ? なんだよ」
「お金貸してあげようか?」
「おぉ!?」
「うん、欲しいの見つからなかったし、今日お給料日だし」
 お金が入ってくるのは実質月初めだけど、それは黙っておく。ご飯抜きなんて絶対ダメだし、それに何より、こんなに琥一くんが欲しがっているものなら手伝ってあげたかった。
「……マジか?」
「うん。待って、いくら残ってたかな――」
 サイフを取り出して中身をチェックする。あらら、これは当分、バイト先のハロゲンで内緒で貰える廃棄品で我慢かな。なんて思いながらお金を渡そうとすると、琥一くんが私の手を覆った。彼の手は大きくて、お財布ごと私の手がすっぽり包み込まれてしまう。
「やめろ、……」
「?」
 何も言わずに、私の手を鞄の中に押し戻した。
「琥一くん?」
「オマエ、小遣いだかバイトだかで必死に貯めたんだろうが」
 小さな舌打ちをして、琥一くんは私から手を離した。そのまま立ち上がった琥一くんは、手をポケットに突っ込んだ。私も彼に続いて立ち上がると、小さな声で琥一くんは言った。
「……そんな金、使えねぇよ」
「でも……」
「いいって。またどっかで見つけたら、買うことにするわ」
「いいの?」
 見上げると、琥一くんは驚くほど優しい目をしていた。
「オマエは底抜けにいい奴だ。俺みたいなのにはもったいねえかもな」
 意味がわからなくて首をかしげると、
「わかんねえんならいい。行くぞ」
 と歩きだしてしまった。
「わっ、ちょっと待ってよ!」
「オラ、早く来い」
 ポケットにしまわれていた手を、ひっぱりだすようにして琥一くんの腕を掴んだ。引っ張られて少しバランスを崩した彼の手を、すかさず握る。
「危ねぇな、オイ」
「ふふ。琥一くんもいい奴だよ?」
「ハァ!? どこがだよ」
「どこって、うーん……」
「無理すんな。そういうのはいいからよ。茶ァ行くぞ」
「……そういうところ?」
「意味わかんねーぞ」
 琥一くんが呆れたように言ったから、私はぷいっと手を離した。
「わかんないならいい」
「おい、ちと待てよ」
「ふふ、行こう?」
 差し出した手に、小さな舌打ちが鳴る。それでも琥一くんは、私の手をとった。それから、そっと優しく包み込んでくれた。
「……俺は、これがあったら後はなんもいらねぇな」
「ん? なんか言った?」
「何でもねぇ! オラ、何食うんだ?」
「ダブルチョコ生クリーム濃厚カスタードスペシャル!」
「…………」
「しかもアイス付き!」
「……そうかよ」
 そんなふうに嫌そう顔をしてもダメだよ。だって、結局最後は付き合ってくれるんだってわかってるから。
 だからやっぱり、琥一くんはイイ奴だよ。
「何笑ってんだよ」
「ううん。なんでもない! 早く行こう!」
「ぁー……」
 後でこっそり、あのレコードを買いに戻ろう。
 そう決心して、手から力の抜けた琥一くんをアナスタシアまで引っ張っていった。










この特別会話、大好き(P∀`q)