「あ!あんた確か……」
前方から声が飛んで、下を向いて歩いていた顔を上げる。十までもいかない年齢の男の子が私を指さしていた。彼その小さなその腕には不釣り合いなほど何大きな包みが抱えられている。
「えっと……」
首を捻って記憶を辿るけれど心当たりはなかった。ここは江戸だから、父様の患者さんだった子かもしれない。だが、自宅のあった診療所からここはかなり距離が離れている。沖田さんの看病は江戸の中心部から少し離れた隠れ家で行われてるためだ。それに、今も男装をしているから、娘の格好をしていた当時の私を知る人だったら気付くはずもない。というか、気付かれてしまっては困る。
人違いかもしれない。そう思って男の子に近づいて行った。
「どうかした?」
目線を合わせてしゃがめば、男の子はにぱっと顔に笑みを広げた。
「久しぶり! 生きてたんだな、お前!」
「え? ええっと…」
「俺のこと覚えてない?」
首を傾げた男の子に頭を垂れた。いつの出会いかすらわからないから下手なことは言えない。
正直に謝ると、その子は少しだけ頬を膨らませて、けれどすぐにさっきの笑顔に戻った。
「兄ちゃんいっつも総司にバカにされてたもんなー」
「………えっ」
思わぬ人の名が出てきて、私は目を瞠った。
「沖田さんのこと……知ってるの?」
「ああ。友達だったよ。あんたも入れてたまに遊んでやったじゃん」
「……っ! あのときの!」
「ようやく思い出したみたいだな」
まだ京の屯所にいたころ、沖田さんと近所に住む数人の子供達を交えて遊んだことが幾度かあった。その時に一緒にいた子供なのだろう。もう4年も前のことだから、顔だちはずいぶん変わっていたが、その笑顔には懐かしい面影が感じられた。
「どうしてこっちに?」
投げかけた言葉に、男の子は気まずそうに視線を逸らした。
「……俺んち、焼けちゃってさ。親せきんちに寄せてもらってんだ」
「あ……」
「ごめんとか言うなよ!? そういう同情、すげえ腹立つんだからさ」
私を睨みあげる目に強い気持ちが写って見えた。こくんと小さく頷く。
「こっちの暮らしには慣れた?」
「まあね。叔父さんが商人やってるからそれなりに楽しんでる」
そうだ、と男の子は顔を緩めた。
「兄ちゃん、手、出せよ」
「手? こう?」
「ん。これやる!!」
「え!?」
彼は両腕に抱えていた包みを私に押し付けてきた。
「何これ!? もらえないよ!」
「俺さあ、甘いの嫌いなんだよね。叔父さんったら何回そう言っても聞かねえの。子供は甘いものが好きって決め込んでるんだよ」
嫌んなるよなあ、と彼は空いた腕を頭の後ろに回して手を組んだ。
「捨てるのも悪いから、猫にでもやろうと思ってたとこなんだ。丁度良かった。兄ちゃん確か甘いの好きだったよな? 総司から団子もらってすげえ嬉しそうにしてたしさ」
「………よく覚えてるね」
「だって俺、総司と遊ぶのすげえ楽しかったもん」
きらきらとした宝物を手にしたかのように、その子は顔を輝かせた。
「兄ちゃんがここにいるってことは、新選組もこっちにいるんだろ? そんな噂も流れてるし」
正確には少し違う。新選組本体はまだ大阪に居るからだ。沖田さんの治療のためにこっちに身を寄せているだけだから。曖昧に頷けば、男の子は目を輝かせた。
「なあ、総司もきてんの?」
期待に満ちた瞳に、私は言葉を詰まらせた。きっとこの子は、沖田さんの病のことを知らずに引っ越していったのだろう。相手が相手だけに、どう応えるのもはばかられた。
亡くなったという、そんな嘘はつきたくなかった。かといって、こちらに来ていないとも言えなかった。
羅刹となり、そのうえ沖田さんはまだ銀の銃弾で苦しんでいる。
そんなことは伝えられるはずもないのだ。お見舞いに来てもらうことさえも、許されない。
やりきれない想いで俯くと、まだ年端もいかないはずの男の子は、何かを察したように明るい声を出した。
「あーっ! そうだ、俺母ちゃんに早く帰ってくるように言われてたんだよね!」
「え……っ」
「急がねえとどやされる! んじゃな兄ちゃん! また会おうなーっ」
私の腕の中に、大きな包みを残したまま、男の子は止める間もなく走り出した。名前を聞く間もないほどだった。ため息をついて手の中の荷物に視線を落とす。ずっしりと重みのあるそれからは、何やら香ばしい薫りがした。
お礼すら言わせてもらえなかったな、と男の子が去って行った方向に視線を向ける。心の中でありがとうと呟いた。甘いお菓子をくれたことはもとより、沖田さんを、覚えていてくれたことに。
小さくなっていく後ろ姿を見て、初めて気付いた。
その男の子は、かつての沖田さんと同じ髪型をしていた。
前方から声が飛んで、下を向いて歩いていた顔を上げる。十までもいかない年齢の男の子が私を指さしていた。彼その小さなその腕には不釣り合いなほど何大きな包みが抱えられている。
「えっと……」
首を捻って記憶を辿るけれど心当たりはなかった。ここは江戸だから、父様の患者さんだった子かもしれない。だが、自宅のあった診療所からここはかなり距離が離れている。沖田さんの看病は江戸の中心部から少し離れた隠れ家で行われてるためだ。それに、今も男装をしているから、娘の格好をしていた当時の私を知る人だったら気付くはずもない。というか、気付かれてしまっては困る。
人違いかもしれない。そう思って男の子に近づいて行った。
「どうかした?」
目線を合わせてしゃがめば、男の子はにぱっと顔に笑みを広げた。
「久しぶり! 生きてたんだな、お前!」
「え? ええっと…」
「俺のこと覚えてない?」
首を傾げた男の子に頭を垂れた。いつの出会いかすらわからないから下手なことは言えない。
正直に謝ると、その子は少しだけ頬を膨らませて、けれどすぐにさっきの笑顔に戻った。
「兄ちゃんいっつも総司にバカにされてたもんなー」
「………えっ」
思わぬ人の名が出てきて、私は目を瞠った。
「沖田さんのこと……知ってるの?」
「ああ。友達だったよ。あんたも入れてたまに遊んでやったじゃん」
「……っ! あのときの!」
「ようやく思い出したみたいだな」
まだ京の屯所にいたころ、沖田さんと近所に住む数人の子供達を交えて遊んだことが幾度かあった。その時に一緒にいた子供なのだろう。もう4年も前のことだから、顔だちはずいぶん変わっていたが、その笑顔には懐かしい面影が感じられた。
「どうしてこっちに?」
投げかけた言葉に、男の子は気まずそうに視線を逸らした。
「……俺んち、焼けちゃってさ。親せきんちに寄せてもらってんだ」
「あ……」
「ごめんとか言うなよ!? そういう同情、すげえ腹立つんだからさ」
私を睨みあげる目に強い気持ちが写って見えた。こくんと小さく頷く。
「こっちの暮らしには慣れた?」
「まあね。叔父さんが商人やってるからそれなりに楽しんでる」
そうだ、と男の子は顔を緩めた。
「兄ちゃん、手、出せよ」
「手? こう?」
「ん。これやる!!」
「え!?」
彼は両腕に抱えていた包みを私に押し付けてきた。
「何これ!? もらえないよ!」
「俺さあ、甘いの嫌いなんだよね。叔父さんったら何回そう言っても聞かねえの。子供は甘いものが好きって決め込んでるんだよ」
嫌んなるよなあ、と彼は空いた腕を頭の後ろに回して手を組んだ。
「捨てるのも悪いから、猫にでもやろうと思ってたとこなんだ。丁度良かった。兄ちゃん確か甘いの好きだったよな? 総司から団子もらってすげえ嬉しそうにしてたしさ」
「………よく覚えてるね」
「だって俺、総司と遊ぶのすげえ楽しかったもん」
きらきらとした宝物を手にしたかのように、その子は顔を輝かせた。
「兄ちゃんがここにいるってことは、新選組もこっちにいるんだろ? そんな噂も流れてるし」
正確には少し違う。新選組本体はまだ大阪に居るからだ。沖田さんの治療のためにこっちに身を寄せているだけだから。曖昧に頷けば、男の子は目を輝かせた。
「なあ、総司もきてんの?」
期待に満ちた瞳に、私は言葉を詰まらせた。きっとこの子は、沖田さんの病のことを知らずに引っ越していったのだろう。相手が相手だけに、どう応えるのもはばかられた。
亡くなったという、そんな嘘はつきたくなかった。かといって、こちらに来ていないとも言えなかった。
羅刹となり、そのうえ沖田さんはまだ銀の銃弾で苦しんでいる。
そんなことは伝えられるはずもないのだ。お見舞いに来てもらうことさえも、許されない。
やりきれない想いで俯くと、まだ年端もいかないはずの男の子は、何かを察したように明るい声を出した。
「あーっ! そうだ、俺母ちゃんに早く帰ってくるように言われてたんだよね!」
「え……っ」
「急がねえとどやされる! んじゃな兄ちゃん! また会おうなーっ」
私の腕の中に、大きな包みを残したまま、男の子は止める間もなく走り出した。名前を聞く間もないほどだった。ため息をついて手の中の荷物に視線を落とす。ずっしりと重みのあるそれからは、何やら香ばしい薫りがした。
お礼すら言わせてもらえなかったな、と男の子が去って行った方向に視線を向ける。心の中でありがとうと呟いた。甘いお菓子をくれたことはもとより、沖田さんを、覚えていてくれたことに。
小さくなっていく後ろ姿を見て、初めて気付いた。
その男の子は、かつての沖田さんと同じ髪型をしていた。
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