大きな体をめいっぱい縮めて正座をする新八さんを前にして、私はため息をついた。それが彼の耳にも届いたのか、新八さんはさらに体を縮こまらせた。
私より年上で、体だって数倍大きいはずなのに、なんだか弱い者いじめをしているような気分になってくる。
 だからといって怒るのを止めるのかと聞かれると、やめないと答えるしかないんだけど。
 だってこんな、なんて非常識な。
 問題のモノに少しだけ視線を向けて、私は首を左右に振った。
「どうするんですか」
「そりゃ、ちゃんと返すさ」
「どこのものか覚えてるんですか?」
「あー…、それはー……、だな……」
「やっぱり、覚えてないんですね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!今思い出す!今思い出すから!」
 首が折れそうなくらい頭を左に傾ける彼の表情は苦悩に満ちていた。
 きっと二日酔いもまだ残っているのだろう。なんだかかわいそうになってくるけれど、ここで許してしまったらラチがあかない。
 無言で答えを待っていると、突然永倉さんが目を見開いた。
 閃きにぽんと手を打つその瞳はきらきらと輝いて希望に満ちている。
「そうだ!わかったぜ千鶴ちゃん!」
「良かった……っ!思い出したんですね!?」
「あそこのかあっちのか、アレのとこのだ!多分!!」
「……………」 「ち、千鶴ちゃん?」 「指示名詞まみれなうえに多分までつくんですか………」
「なんか……、引っ掛かる言い方だな」
「ご、ごめんなさい。けど、それって覚えてないのとあんまり変わらないような気がします」
「んー?そうか?場所が3箇所に絞れただけでもぐっと楽になると思うんだがなあ……」
 新八さんはそう呟いて、彼が持って帰ってきたものに視線を移した。私ももう一度見て、そしてやっぱりため息が漏れた。
 ため息なんてついちゃ本当は失礼なんだけど。でも、つきたくもなる。ついてしまっても、仕方がないと思う。
 小さく笑みを浮かべている『それ』は、どう考えたって我が家の門前にあるべきものではない。
「大体新八さんはどうしてお地蔵様を連れて帰りたいと思ったんですか?」
「いやぁー、それがさっっぱり覚えてねぇんだな!これが!かなり酒入ってたしよ!」
 豪快にがははと笑う彼に、私は膝から力が抜けそうだった。
 この人と一緒になって随分経つし、こういうことも多々あったけれど、未だに脱力してしまう。新八さんをたしなめるより私が慣れてしまうほうが早いかもしれない。
 とりあえず、罰があたらないように拝んでおかなきゃ……
「……千鶴ちゃん」
「はい」
「その、なんつーか……。こんなんで悪ぃな」
 手を合わせた私が目を開けると、新八さんがぽりぽりと頭を掻きながら言った。
 済まなそうな瞳で上目遣いをしていて、まるで捨てないでとすがる子犬みたいだ。そんな彼を可愛いと思ってしまう私はもう末期なんだろう。
「悪いなんて思わないでください」
「だがなぁ……」
「確かに、こういう思いがけないことがいつもだったら困ります。……でも………。たまにだと楽しいです。それから、新八さん。私、そんなあなただからこそ、大好きなんです」
「へ、」
 ぽかんと私を見上げた新八さんに、頷くように笑いかけると、
「お、俺も…っ、俺も千鶴ちゃんが大好きだっ!!」
「ひゃあ!?」
 力一杯抱き締められてしまった。
 彼の体からは、やっぱり昨日のお酒がまだ抜けていなくて、匂いだけでクラクラしてくる。
 それでなくても新八さんの腕の力は強くて呼吸がしづらいのに。
「ちょっ、新八さん、」
「大好きだぞちくしょうっ!!」
「わ、わかりましたから、」
「俺の嫁さんは可愛いくてしょうがねぇや!」
「……もう………」
 赤らむ頬を新八さんの胸で隠しながら私は彼の背をぽんぽんと叩いた。
 こういうところも本当は愛おしくて仕方がない。
「とりあえず、どこのお地蔵様か一緒に探しましょうね」
「えっ、千鶴ちゃんも一緒に行ってくれんのか!?」
「新八さん一人で行かせたら別のところに返しちゃいそうですもん」
「そ、そこまで頼りねぇんか、俺……」
 目に見えてしょげてしまった新八さんに私はふふふと笑った。
「冗談です。手を繋いで歩きたかっただけですよ」
「………千鶴ちゃ、」
「ほら、さっそく行きましょう?」
「お、おう……」
 少しふらつきながら歩く新八さんを支えながら、あそこだかあっちだかアレのところだかに向かって歩き出す。
「そこの段差、気をつけてくださいね?」
「あー……。俺って、すげー…幸せもんだよな…」
 明後日な返事が返ってきて、私は目を丸くした。
 けれどその独り言のように呟かれた言葉が嬉しくて、「私もすごく幸せ者なんですよ」と伝えたくて、強く手を握った。
 察してくれたのか、さらに強く握り返してくる彼の温もりに幸せを感じながら、私たちは陽だまりの中、お地蔵様のお家探しの散歩に出たのだった。