私は他の隊士さんたちに比べて歩くのが遅い。巡察の時はいつも迷惑をかけていて、本当に申し訳ないと思う。なんでこうちまちまとしか歩けないんだろう。
平助くんとは身長が似てるから歩幅は似たようなものだったけど、足の回転数は全然違う。すこし気を抜いて歩いていると、彼はあっという間に先に行ってしまうんだ。でも、私が悪いのに、彼は絶対待ってくれていて、
「遅えぞー、千鶴ー」と笑いかけてくれた。
斎藤さんと原田さんはきっとさり気なく速度を合わせてくれているのだと思う。彼らと歩くときに、私の呼吸が乱れることは一度もなかった。辛いと思ったことも一度もない。
永倉さんはいつもものすごく大股で、ものすごい足の回転数で進んでしまうんだけど、小走りで何とかついていく私に、「悪いな。加減がわかんなくてよ」と頭をかいた。時折「辛えだろ。どっか入るか」とお茶屋さんに誘ってくれたりもした。
私はただ迷惑をかけているだけだっていうのに、皆は優しい。
本当に本当に優しい。
―――――――ある一人を除いて。
彼は、私を見やりながら目を細めて言った。
「千鶴ちゃん。最近油が少し高くなったの知ってる?夜の巡察になっちゃうと松明をつけなくちゃならないんだよね。 僕らは昼の巡察のはずなのにね。松明を使わなくちゃならないなんて、おかしいと思わない?どこで時間過ぎちゃったのか、君、わかる?あ、そうだ。聞いてよ。この前さ、僕鬼副長に呼び出されたんだ。松明が必要じゃないはずなのに使ってるって小言もらっちゃったよ」
「君は小さいなぁ。足の長さもぜんぜん違うね。足が短いと歩くの大変そうだな。あ、僕らはそれに合わせてあげるからさ。時間が遅くなるとか、気にしないでよ?」
「ねえ、千鶴ちゃん。宵の明星って知ってる?ほら、あそこに見える綺麗な星だよ。宵の明星っていうのに、どうして僕たちが見えるんだろうね? この星が出ている時間はとっくに屯所に居なくちゃならないのにな。まだ隊士をつれて巡察から帰ってないなんて不思議だよね」
私が迷惑をかけている事実を彼はひしひしと、いつも伝えてくれるんだ。
それはすごく申し訳ないと思う。本当にそう思う。けれど私だって、皆に迷惑かけるくらいなら早く済まして帰りたい。それなのに沖田さんは巡察の度、私を甘い誘惑に誘うのだ。
その罠はもちろん今日だってしかけられていた。
「ねぇねぇ千鶴ちゃん。あそこの店、『きなこあんみつ始めました』って書いてるよ?」
「あ、本当ですね」
「きなこあんみつ、僕食べたことないなぁ。千鶴ちゃんは?」
「私もないです。たぶんあんみつにきなこがかかってるんでしょうね」
「千鶴ちゃん、甘いものは好きだったよね?」
「え?まあ、はい」
「そっか。じゃあ食べてみたいんじゃない?」
にっこりと笑った彼に血の気がひいた。
「い、いいえ!滅相もないです!!」
「あれ?もしかして、遠慮してる?」
「や、遠慮って言うより、だいたい今巡察の途中でしょう?」
「もうほとんど終わってんだから気になくていいんじゃない?」
「だ…っ、ダメですダメ!」
「どうしてそんな意固地になるのさ。食べたいなら食べたいって言えばいいのに」
「食べたくないです…!」
「でも甘いものは好きなんだよね?この前おいしそうにかりんとう食べてなかったっけ?島田さんと一緒に」
「あ、あれは……っ」
「それとも、もしかして僕と一緒には食べれないってことが言いたいの?」
「そういうわけでは……っ」
「じゃあどうしてさ」
「…………っ!」
「千鶴ちゃんは素直な子なんだよね?嘘ついたりしない、信用出来る子なんじゃなかったかな」
「う………」
「食べたいの?食べたくないの?」
ぐいぐいと顔を近づけてくる沖田さんに後ずさりながら、逃げ場はないと腹を決めた。いつもこんなふうに負けてしまうのがいけないんだ。
頭ではわかっていても、小さくうなずいた私に、満足そうに微笑む沖田さんを見ると、何故だか間違った選択をしているとは思えなかった。上機嫌に彼は私の頭をぽんぽんと叩いた。
「はい、よく出来ました。最初っからそう言えば良いのに。ホント可愛くないよね」
「っ…!」
迷惑かけられてるっていつも言うのはあなたなのに!
そう言おうとした口は、彼の手で塞がれてしまった。
「言い訳はいらない。君は食べることを選んだんだからさ」
わかった?と沖田さんが目で聞いた。
ゆっくり顎を引くと、沖田さんは口から手を離した。そのまま私の手をさっと取る。
「じゃ、さっさと行こう。きなこが逃げるといけないからね」
どうしてこうなってしまうんだろう。
そう思う反面、じんわりと伝わってくる彼の手の熱に、やっぱり間違えた選択だったとは思えないでいるのだった。
「熱いお茶が美味しいね。寒いから」
「うっ。遅くなってごめんなさい……」
「さっきまで傾いてた陽が完全に沈んじゃったもんね」
「でもそれは沖田さんが何杯もあんみつを…!」
「僕は頼んだだけで食べてるのは君でしょ?」
「ううっ…」
「いらなかったら捨てれば良いんだよ」
「っ!そんなこと出来ません!せっかくご好意で沖田さんから頂いたのに…!」
「ははっ!顔赤いよ?随分必死だね」
「『捨てろ』なんて、沖田さんが言うからです…」
「うん。僕の気持ち、捨てないでくれて嬉しいよ」
「うう……」
「おもしろいなぁ。あ、ほら千鶴ちゃん。一番星だよ?」
「は、早く食べます!!もうちょっと…待ってください…」
「はいはい。急いで食べて喉詰まらせないでよ?」
「つっ詰まらせま、ッコホっゴホ!」
「わあ。汚い」
「おっコホッ沖田さんっが!コホ!コホッ!」
「はいはい。気管に入ったんだね。仕方ないから背中くらいさすってあげる。 だからさ、ゆっくりじっくり味わって食べると良いよ。僕は、ずっと隣りに居るからさ」
平助くんとは身長が似てるから歩幅は似たようなものだったけど、足の回転数は全然違う。すこし気を抜いて歩いていると、彼はあっという間に先に行ってしまうんだ。でも、私が悪いのに、彼は絶対待ってくれていて、
「遅えぞー、千鶴ー」と笑いかけてくれた。
斎藤さんと原田さんはきっとさり気なく速度を合わせてくれているのだと思う。彼らと歩くときに、私の呼吸が乱れることは一度もなかった。辛いと思ったことも一度もない。
永倉さんはいつもものすごく大股で、ものすごい足の回転数で進んでしまうんだけど、小走りで何とかついていく私に、「悪いな。加減がわかんなくてよ」と頭をかいた。時折「辛えだろ。どっか入るか」とお茶屋さんに誘ってくれたりもした。
私はただ迷惑をかけているだけだっていうのに、皆は優しい。
本当に本当に優しい。
―――――――ある一人を除いて。
彼は、私を見やりながら目を細めて言った。
「千鶴ちゃん。最近油が少し高くなったの知ってる?夜の巡察になっちゃうと松明をつけなくちゃならないんだよね。 僕らは昼の巡察のはずなのにね。松明を使わなくちゃならないなんて、おかしいと思わない?どこで時間過ぎちゃったのか、君、わかる?あ、そうだ。聞いてよ。この前さ、僕鬼副長に呼び出されたんだ。松明が必要じゃないはずなのに使ってるって小言もらっちゃったよ」
「君は小さいなぁ。足の長さもぜんぜん違うね。足が短いと歩くの大変そうだな。あ、僕らはそれに合わせてあげるからさ。時間が遅くなるとか、気にしないでよ?」
「ねえ、千鶴ちゃん。宵の明星って知ってる?ほら、あそこに見える綺麗な星だよ。宵の明星っていうのに、どうして僕たちが見えるんだろうね? この星が出ている時間はとっくに屯所に居なくちゃならないのにな。まだ隊士をつれて巡察から帰ってないなんて不思議だよね」
私が迷惑をかけている事実を彼はひしひしと、いつも伝えてくれるんだ。
それはすごく申し訳ないと思う。本当にそう思う。けれど私だって、皆に迷惑かけるくらいなら早く済まして帰りたい。それなのに沖田さんは巡察の度、私を甘い誘惑に誘うのだ。
その罠はもちろん今日だってしかけられていた。
「ねぇねぇ千鶴ちゃん。あそこの店、『きなこあんみつ始めました』って書いてるよ?」
「あ、本当ですね」
「きなこあんみつ、僕食べたことないなぁ。千鶴ちゃんは?」
「私もないです。たぶんあんみつにきなこがかかってるんでしょうね」
「千鶴ちゃん、甘いものは好きだったよね?」
「え?まあ、はい」
「そっか。じゃあ食べてみたいんじゃない?」
にっこりと笑った彼に血の気がひいた。
「い、いいえ!滅相もないです!!」
「あれ?もしかして、遠慮してる?」
「や、遠慮って言うより、だいたい今巡察の途中でしょう?」
「もうほとんど終わってんだから気になくていいんじゃない?」
「だ…っ、ダメですダメ!」
「どうしてそんな意固地になるのさ。食べたいなら食べたいって言えばいいのに」
「食べたくないです…!」
「でも甘いものは好きなんだよね?この前おいしそうにかりんとう食べてなかったっけ?島田さんと一緒に」
「あ、あれは……っ」
「それとも、もしかして僕と一緒には食べれないってことが言いたいの?」
「そういうわけでは……っ」
「じゃあどうしてさ」
「…………っ!」
「千鶴ちゃんは素直な子なんだよね?嘘ついたりしない、信用出来る子なんじゃなかったかな」
「う………」
「食べたいの?食べたくないの?」
ぐいぐいと顔を近づけてくる沖田さんに後ずさりながら、逃げ場はないと腹を決めた。いつもこんなふうに負けてしまうのがいけないんだ。
頭ではわかっていても、小さくうなずいた私に、満足そうに微笑む沖田さんを見ると、何故だか間違った選択をしているとは思えなかった。上機嫌に彼は私の頭をぽんぽんと叩いた。
「はい、よく出来ました。最初っからそう言えば良いのに。ホント可愛くないよね」
「っ…!」
迷惑かけられてるっていつも言うのはあなたなのに!
そう言おうとした口は、彼の手で塞がれてしまった。
「言い訳はいらない。君は食べることを選んだんだからさ」
わかった?と沖田さんが目で聞いた。
ゆっくり顎を引くと、沖田さんは口から手を離した。そのまま私の手をさっと取る。
「じゃ、さっさと行こう。きなこが逃げるといけないからね」
どうしてこうなってしまうんだろう。
そう思う反面、じんわりと伝わってくる彼の手の熱に、やっぱり間違えた選択だったとは思えないでいるのだった。
「熱いお茶が美味しいね。寒いから」
「うっ。遅くなってごめんなさい……」
「さっきまで傾いてた陽が完全に沈んじゃったもんね」
「でもそれは沖田さんが何杯もあんみつを…!」
「僕は頼んだだけで食べてるのは君でしょ?」
「ううっ…」
「いらなかったら捨てれば良いんだよ」
「っ!そんなこと出来ません!せっかくご好意で沖田さんから頂いたのに…!」
「ははっ!顔赤いよ?随分必死だね」
「『捨てろ』なんて、沖田さんが言うからです…」
「うん。僕の気持ち、捨てないでくれて嬉しいよ」
「うう……」
「おもしろいなぁ。あ、ほら千鶴ちゃん。一番星だよ?」
「は、早く食べます!!もうちょっと…待ってください…」
「はいはい。急いで食べて喉詰まらせないでよ?」
「つっ詰まらせま、ッコホっゴホ!」
「わあ。汚い」
「おっコホッ沖田さんっが!コホ!コホッ!」
「はいはい。気管に入ったんだね。仕方ないから背中くらいさすってあげる。 だからさ、ゆっくりじっくり味わって食べると良いよ。僕は、ずっと隣りに居るからさ」
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