ぼんやりと見上げた空はどこまでも青かった。時折現れる白くて丸い塊の雲に、手を伸ばせば掴めるんじゃないかと思うほどだった。
ひなたぼっこってなんて気持ち良いんだろう…
そう思い続けてすでに1刻半は経つ。自分を騙すのにもいい加減限界がきてしまった。
掃除はもうするところがない。縁側の雑巾掛けも境内の履き掃除ももう出来ないくらいに綺麗になってしまった。一日に何回もお茶を出すわけにもいかなった。さっき土方さんのところに行ったら、『もういらねぇよ』と怒られたばかりだ。『ちったぁおまえも休め』なんて気まで遣われてしまった。
することがない。出来ることもない。今日は巡察について行くことも許されなかった。父様を探しにも行けない。
2月に吹く風は、冷たかった。痛いくらい身に染みる。それでも太陽の光は暖かかった。
ひなたぼっこってなんて気持ち良いんだろう………。
くあ、と大きく欠伸をすると、目の前を丁度平助くんが通り掛かったところだった。彼のまんまるく開かれた瞳と真正面からぶつかる。慌てて口元を手で押さえたけれど、平助くんは目を三日月にして、私のところへずんずんと向かってきた。
「随分眠たそーじゃん、千鶴」
「………うう」
「何?ヒマなの?」
「ヒマって言うか……うん、実は」
「そかそか。んじゃここ、いいか?」
答える前に平助くんは私の隣に腰を下ろした。ぐーっと腕を上に伸ばして、
「天気良いよなー、今日」と笑った。
「そうだね。ね、平助くんはどこに行ってたの?今日、他の隊士さん達も全然見当たらないんだよね。皆どこ行っちゃったのかなあ」
首を傾げれば、彼はキョトンとした顔で私を見つめ返した。
「あれ、千鶴聞いてねーの?」
「何かあったの?」
「隊務がない奴等は全員買い出しに連れ出されてるんだよ」
「買い出し?」
「そそ。かなりの量まとめて買うんだもんなー。もうちょっとこまめに買いに行きゃいいのにさ」
しかも重いモンばっか、と平助くんは苦笑した。
「酒だろぉ、米だろぉ、それから醤油と油。そうそう、あと塩も買ってたなー」
「……そうなんだ」
そんなこと知らなかった。誰一人、私に声をかけてくれる人はいなかった。おはよう、と挨拶を交わしたひとはたくさん居たはずなのに。私はいつも通り箒をとって掃除をしていただけだったのに。
寂しいことだけど、当然なのかもしれない。
最近、ようやくみんなになじんできて、居場所もできたような気がしてた。まるで自分も新選組の仲間に入れたような気分になっていた。
でも実際のところはそうではないんだ。
結局、私は皆の仲間ではない。戦うことも、議論をかわすこともできない。私が一方的にみんなのことが大好きなだけなんだ。
そう思い知らされたような気がした。
「千鶴?どうかしたか?」
「……えっ?あ、ううん、なんでもない」
「なんでもないって顔かよ。どうしたんだよ」
平助くんが不思議そうに私を覗き込んだ。探るような大きな瞳から逃れようと、私は体を後ろにひいた。
「千鶴」
「なんでもないったら」
「千鶴!」
大きな声に、ピクっと体が震えた。唇を噛み締めた私に、
「あ……悪い、つい」と、平助くんが身を引いた。頭を左右に振って否定する。平助くんは何にも悪くない。
「けどさ。俺、そんな顔したお前ほっとけねーよ。なんかあったら言えよな?俺にできることなら、なんでもすっからさ」
「……………うん」
「なんだよ、らしくねーな」
すいっと、平助くんが立ち上がった。
「あ……」
行ってしまう。
気が付いたら、手を伸ばしていた。
「……やっぱ、なんかあったんだろ」
「あ、やだ、ごめん…っ」
「いいよ、別に」
「………ごめん」
無意識に握りしめていた彼の服の裾を離す。両手を胸の前に引き寄せて、ぎゅっと握りしめた。
「ほんとにごめんね。なんでもないから、行って?」
「バカ。誰がどっか行くっつったよ。立っただけだっつーの」
「え……?そうなの?」
「そーだよ。ほら、俺ずっとこっち見とくからさ。言いてーことあんなら言えよ。な?」
「平助くん?」
「顔見て言えねーことってあんじゃん?俺とかもさ、なんかやらかして土方さんに呼び出されたときは、まともにあの人の顔見れねーもん。ずっと畳睨みつけてたりすっからさ」
「そう……なんだ。ふふっ」
「今日やっと笑ったな。ほら言っちゃえよ。俺はやくお前の笑った顔みてーし。今みたく、声だけじゃなくてさ」
「平助くん………」
ありがとう、と口の中で呟くと、平助くんは
「礼なんていーから」と言った。背中しか、見えないけれど、きっと笑ってくれてると思う。
「あの、ね。なんていうか、私、皆に避けられてるのかなって、思って」
「………どういうことだよ」
「ほら、私はみんなみたいに戦えないし、知識だってない。新選組はすごく大所帯になってまとめるのだって大変なのに、私みたいなのが居たら邪魔なんじゃないかなって……。今日だって、皆が買い物に行くって知らなかった。私だって買い物くらいなら少しはお手伝いできるかもしれないのに。これってやっぱり、私は必要とされてないってこと、だよね?それとも、もしかして、私何かしちゃったのかな。それでみんなに嫌われたのかな……」
「…………本気か?」
「え?」
「本気でそう言ってんのか?」
「う、うん……」
ぐるん、と平助くんが勢いよく振り返った。彼の高い位置で括られた長い髪が綺麗な弧を描くほどだった。
「千鶴」
「は、はい」
「ふざけんな」
「え………?」
「俺らがお前を邪魔者扱いしてる?必要としてない?本気でそう言ってんの!?」
「だ、だって、現に今日だって……っ」
「酒」
「え?」
「酒、米、醤油、油、塩」
さっきと同じように指折り、平助君は今日の買い物の内容を数えた。眉をぐっと、ひそめている。
「どれも半端な量じゃねーよ。男一人で持ち運ぶにもすっげー力要るんだ。そんな買い出しにお前連れてったら、どうなるかわかるもんじゃねえの」
「どうなるって……やっぱり邪」
「邪魔とかそういうんじゃねーの!俺ら事情知ってるモンからすりゃお前を手伝わせるわけにはいかねー。けどさ、何も知らねー平隊士から見れば、何で手伝わねーんだってなるんだよ!」
「あ………」
「だからお前はここに残した。話が伝わってない理由は俺もよくわかんねーけど、たぶん手伝うって言いだすだろうから、言わないでおいたんじゃねーの」
「……私に、気を使わせない、ため?」
「そういうことだろ。まあ、俺がバラしちまった時点でおじゃんにしちゃったみたいだけどな」
「そ……っか」
口を手で押さえる。皆は私を守ろうとしてくれてたのに、疑うなんて。平助くんが怒るのは当然だ。ひどいのはどっちだ。信じていないのは私のほうだったじゃないか。
「あとなんだっけ、ああ、お前が嫌われてる?んなわけねーじゃん」
「う……っ」
平助くんが、私の前まで歩いてきて、そこでしゃがんだ。膝に乗せていた片方の手に、彼の手が重ねられる。彼のもう片方の手は私の顔に触れた。上目遣いのその瞳には、嫌悪の色なんてこれっぽっちもなかった。
そっと髪を撫でられる。とくんと胸が跳ねた。
「俺は、嫌いな奴に触ったりしねー」
「平助く……」
「お前は?」
「え?」
「俺に触られて、嫌じゃねえの?」
見上げてくる瞳に、何故だか頬が熱くなった。小さく首を振ると、平助くんはまるで安心したかのように小さく息を吐き出した。
「そか。良かった」
「平助くん……」
とくん、とくんと胸がはやる。こんなに近い距離で誰かに触られるなんて初めてだからだろうか。そっと彼の手が髪から離れたとき、ものすごくほっとした。
「左之さんとか、」
「え……?」
「左之さんとか新八っつぁんとかもおんなじだよ。お前よく頭撫でられてんじゃねーか」
「あ………」
「………あれ、さ。その……よけれたら、今度からよけろよ?」
「えっ?」
首を傾げれば、平助くんは
「……やっぱなんでもねー」と両手で顔を覆って俯いてしまった。
「平助くん?」
「それは俺が守るようにするとして……。あと総司だって一くんだってお前にちゃんと絡むじゃん。総司のアレは愛情のうらっ返しみてーなもんだし、一くんなんてしゃべってるんだぜ?嫌いなやつに用もなく話しかけたりなんかしねえよ、二人とも」
「そ、そっか?」
「源さんなんていっつも千鶴のこと気にかけてるし、あの鬼の土方さんでさえ『アイツ最近仕事しすぎじゃねーか。ちゃんと休んでんのか』なんて言ってたくれーだし……。つーかオマエどんだけ好かれてるんだよ………。はあ」
「そ、そんなことないよ、皆優しいだけで…っ」
「しまいにゃ山崎くんまで医術だなんだって千鶴に近づいてるし……あーもう、どうすっかなー」
「あ、あの、平助くん………?」
ぶつぶつと地面に向かって彼が発した言葉はよく聞き取れなかった。なんだか今度は逆に平助くんが落ち込んでしまったみたいだった。がっくりとうなだれる彼の肩に手を乗せる。
自分からそこに手を置いたくせに、どきんと胸が跳ねた。手が急に熱くなる。
さっきからどうしちゃったんだろう、私。
「へ、平助くんがなんで落ち込んじゃったのかはよくわからないけど……、私が間違ってたことはよくわかったよ。気付かせてくれて、ありがとう、平助くん」
「そりゃ良かった。……はあ」
「あ、あの、だからね、私にできることがあったらなんでもするし、なんでも聞くから!だからそんなに落ち込まないで?」
「……………ありがとな」
肩に乗せたままの手に、平助くんの手が重なった。立ち上がりながら、彼は私の手をくいっと前に引いた。つられて私も台座から立ち上がる。
「んじゃとりあえず、今からどっか行かねえか?茶屋とかさ」
「え?」
「天気も良いし、腹も減ったしな」
「あっ、じゃあ私がおごるよ!」
「何でだよ?ここは男の俺がお前におごってもらうわけにはいかねえよ」
「だって話聞いてもらったんだし、私が平助くんの話を聞きたい!」
「………良かった。お前はやっぱそうじゃなきゃな」
振り返った平助くんの笑顔はすごく眩しかった。突き抜ける、あの青空くらいに。
「誰が屯所から出ていいって言った?」
「ごめんなさい………」
「一体いつの間に買い出しから抜け出したんだろうね……」
「すんません………」
帰ったところを、土方さんと井上さんにばっちりつかまってしまい、お互い罰として2週間の炊事当番を命じられてしまった。
お互い顔を見合わせて、つい苦笑した。それでも2人一緒だったらとても楽しい2週間になるような気がした。
ひなたぼっこってなんて気持ち良いんだろう…
そう思い続けてすでに1刻半は経つ。自分を騙すのにもいい加減限界がきてしまった。
掃除はもうするところがない。縁側の雑巾掛けも境内の履き掃除ももう出来ないくらいに綺麗になってしまった。一日に何回もお茶を出すわけにもいかなった。さっき土方さんのところに行ったら、『もういらねぇよ』と怒られたばかりだ。『ちったぁおまえも休め』なんて気まで遣われてしまった。
することがない。出来ることもない。今日は巡察について行くことも許されなかった。父様を探しにも行けない。
2月に吹く風は、冷たかった。痛いくらい身に染みる。それでも太陽の光は暖かかった。
ひなたぼっこってなんて気持ち良いんだろう………。
くあ、と大きく欠伸をすると、目の前を丁度平助くんが通り掛かったところだった。彼のまんまるく開かれた瞳と真正面からぶつかる。慌てて口元を手で押さえたけれど、平助くんは目を三日月にして、私のところへずんずんと向かってきた。
「随分眠たそーじゃん、千鶴」
「………うう」
「何?ヒマなの?」
「ヒマって言うか……うん、実は」
「そかそか。んじゃここ、いいか?」
答える前に平助くんは私の隣に腰を下ろした。ぐーっと腕を上に伸ばして、
「天気良いよなー、今日」と笑った。
「そうだね。ね、平助くんはどこに行ってたの?今日、他の隊士さん達も全然見当たらないんだよね。皆どこ行っちゃったのかなあ」
首を傾げれば、彼はキョトンとした顔で私を見つめ返した。
「あれ、千鶴聞いてねーの?」
「何かあったの?」
「隊務がない奴等は全員買い出しに連れ出されてるんだよ」
「買い出し?」
「そそ。かなりの量まとめて買うんだもんなー。もうちょっとこまめに買いに行きゃいいのにさ」
しかも重いモンばっか、と平助くんは苦笑した。
「酒だろぉ、米だろぉ、それから醤油と油。そうそう、あと塩も買ってたなー」
「……そうなんだ」
そんなこと知らなかった。誰一人、私に声をかけてくれる人はいなかった。おはよう、と挨拶を交わしたひとはたくさん居たはずなのに。私はいつも通り箒をとって掃除をしていただけだったのに。
寂しいことだけど、当然なのかもしれない。
最近、ようやくみんなになじんできて、居場所もできたような気がしてた。まるで自分も新選組の仲間に入れたような気分になっていた。
でも実際のところはそうではないんだ。
結局、私は皆の仲間ではない。戦うことも、議論をかわすこともできない。私が一方的にみんなのことが大好きなだけなんだ。
そう思い知らされたような気がした。
「千鶴?どうかしたか?」
「……えっ?あ、ううん、なんでもない」
「なんでもないって顔かよ。どうしたんだよ」
平助くんが不思議そうに私を覗き込んだ。探るような大きな瞳から逃れようと、私は体を後ろにひいた。
「千鶴」
「なんでもないったら」
「千鶴!」
大きな声に、ピクっと体が震えた。唇を噛み締めた私に、
「あ……悪い、つい」と、平助くんが身を引いた。頭を左右に振って否定する。平助くんは何にも悪くない。
「けどさ。俺、そんな顔したお前ほっとけねーよ。なんかあったら言えよな?俺にできることなら、なんでもすっからさ」
「……………うん」
「なんだよ、らしくねーな」
すいっと、平助くんが立ち上がった。
「あ……」
行ってしまう。
気が付いたら、手を伸ばしていた。
「……やっぱ、なんかあったんだろ」
「あ、やだ、ごめん…っ」
「いいよ、別に」
「………ごめん」
無意識に握りしめていた彼の服の裾を離す。両手を胸の前に引き寄せて、ぎゅっと握りしめた。
「ほんとにごめんね。なんでもないから、行って?」
「バカ。誰がどっか行くっつったよ。立っただけだっつーの」
「え……?そうなの?」
「そーだよ。ほら、俺ずっとこっち見とくからさ。言いてーことあんなら言えよ。な?」
「平助くん?」
「顔見て言えねーことってあんじゃん?俺とかもさ、なんかやらかして土方さんに呼び出されたときは、まともにあの人の顔見れねーもん。ずっと畳睨みつけてたりすっからさ」
「そう……なんだ。ふふっ」
「今日やっと笑ったな。ほら言っちゃえよ。俺はやくお前の笑った顔みてーし。今みたく、声だけじゃなくてさ」
「平助くん………」
ありがとう、と口の中で呟くと、平助くんは
「礼なんていーから」と言った。背中しか、見えないけれど、きっと笑ってくれてると思う。
「あの、ね。なんていうか、私、皆に避けられてるのかなって、思って」
「………どういうことだよ」
「ほら、私はみんなみたいに戦えないし、知識だってない。新選組はすごく大所帯になってまとめるのだって大変なのに、私みたいなのが居たら邪魔なんじゃないかなって……。今日だって、皆が買い物に行くって知らなかった。私だって買い物くらいなら少しはお手伝いできるかもしれないのに。これってやっぱり、私は必要とされてないってこと、だよね?それとも、もしかして、私何かしちゃったのかな。それでみんなに嫌われたのかな……」
「…………本気か?」
「え?」
「本気でそう言ってんのか?」
「う、うん……」
ぐるん、と平助くんが勢いよく振り返った。彼の高い位置で括られた長い髪が綺麗な弧を描くほどだった。
「千鶴」
「は、はい」
「ふざけんな」
「え………?」
「俺らがお前を邪魔者扱いしてる?必要としてない?本気でそう言ってんの!?」
「だ、だって、現に今日だって……っ」
「酒」
「え?」
「酒、米、醤油、油、塩」
さっきと同じように指折り、平助君は今日の買い物の内容を数えた。眉をぐっと、ひそめている。
「どれも半端な量じゃねーよ。男一人で持ち運ぶにもすっげー力要るんだ。そんな買い出しにお前連れてったら、どうなるかわかるもんじゃねえの」
「どうなるって……やっぱり邪」
「邪魔とかそういうんじゃねーの!俺ら事情知ってるモンからすりゃお前を手伝わせるわけにはいかねー。けどさ、何も知らねー平隊士から見れば、何で手伝わねーんだってなるんだよ!」
「あ………」
「だからお前はここに残した。話が伝わってない理由は俺もよくわかんねーけど、たぶん手伝うって言いだすだろうから、言わないでおいたんじゃねーの」
「……私に、気を使わせない、ため?」
「そういうことだろ。まあ、俺がバラしちまった時点でおじゃんにしちゃったみたいだけどな」
「そ……っか」
口を手で押さえる。皆は私を守ろうとしてくれてたのに、疑うなんて。平助くんが怒るのは当然だ。ひどいのはどっちだ。信じていないのは私のほうだったじゃないか。
「あとなんだっけ、ああ、お前が嫌われてる?んなわけねーじゃん」
「う……っ」
平助くんが、私の前まで歩いてきて、そこでしゃがんだ。膝に乗せていた片方の手に、彼の手が重ねられる。彼のもう片方の手は私の顔に触れた。上目遣いのその瞳には、嫌悪の色なんてこれっぽっちもなかった。
そっと髪を撫でられる。とくんと胸が跳ねた。
「俺は、嫌いな奴に触ったりしねー」
「平助く……」
「お前は?」
「え?」
「俺に触られて、嫌じゃねえの?」
見上げてくる瞳に、何故だか頬が熱くなった。小さく首を振ると、平助くんはまるで安心したかのように小さく息を吐き出した。
「そか。良かった」
「平助くん……」
とくん、とくんと胸がはやる。こんなに近い距離で誰かに触られるなんて初めてだからだろうか。そっと彼の手が髪から離れたとき、ものすごくほっとした。
「左之さんとか、」
「え……?」
「左之さんとか新八っつぁんとかもおんなじだよ。お前よく頭撫でられてんじゃねーか」
「あ………」
「………あれ、さ。その……よけれたら、今度からよけろよ?」
「えっ?」
首を傾げれば、平助くんは
「……やっぱなんでもねー」と両手で顔を覆って俯いてしまった。
「平助くん?」
「それは俺が守るようにするとして……。あと総司だって一くんだってお前にちゃんと絡むじゃん。総司のアレは愛情のうらっ返しみてーなもんだし、一くんなんてしゃべってるんだぜ?嫌いなやつに用もなく話しかけたりなんかしねえよ、二人とも」
「そ、そっか?」
「源さんなんていっつも千鶴のこと気にかけてるし、あの鬼の土方さんでさえ『アイツ最近仕事しすぎじゃねーか。ちゃんと休んでんのか』なんて言ってたくれーだし……。つーかオマエどんだけ好かれてるんだよ………。はあ」
「そ、そんなことないよ、皆優しいだけで…っ」
「しまいにゃ山崎くんまで医術だなんだって千鶴に近づいてるし……あーもう、どうすっかなー」
「あ、あの、平助くん………?」
ぶつぶつと地面に向かって彼が発した言葉はよく聞き取れなかった。なんだか今度は逆に平助くんが落ち込んでしまったみたいだった。がっくりとうなだれる彼の肩に手を乗せる。
自分からそこに手を置いたくせに、どきんと胸が跳ねた。手が急に熱くなる。
さっきからどうしちゃったんだろう、私。
「へ、平助くんがなんで落ち込んじゃったのかはよくわからないけど……、私が間違ってたことはよくわかったよ。気付かせてくれて、ありがとう、平助くん」
「そりゃ良かった。……はあ」
「あ、あの、だからね、私にできることがあったらなんでもするし、なんでも聞くから!だからそんなに落ち込まないで?」
「……………ありがとな」
肩に乗せたままの手に、平助くんの手が重なった。立ち上がりながら、彼は私の手をくいっと前に引いた。つられて私も台座から立ち上がる。
「んじゃとりあえず、今からどっか行かねえか?茶屋とかさ」
「え?」
「天気も良いし、腹も減ったしな」
「あっ、じゃあ私がおごるよ!」
「何でだよ?ここは男の俺がお前におごってもらうわけにはいかねえよ」
「だって話聞いてもらったんだし、私が平助くんの話を聞きたい!」
「………良かった。お前はやっぱそうじゃなきゃな」
振り返った平助くんの笑顔はすごく眩しかった。突き抜ける、あの青空くらいに。
「誰が屯所から出ていいって言った?」
「ごめんなさい………」
「一体いつの間に買い出しから抜け出したんだろうね……」
「すんません………」
帰ったところを、土方さんと井上さんにばっちりつかまってしまい、お互い罰として2週間の炊事当番を命じられてしまった。
お互い顔を見合わせて、つい苦笑した。それでも2人一緒だったらとても楽しい2週間になるような気がした。
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