すこしけだるい日曜日の昼下がり。今日は久しぶりに先輩と外デートの日だった。
ちょっと遠出してみませんか、と誘ったのは私のほうだ。
ぽかぽかと気持ちが良い秋晴れで、風が誘うように吹いていた。
どうしても先輩と、ゆっくりこの秋日和を楽しみたかったのだ。
そんなふうに考えたのは、どうやら私だけではなかったらしい。
「…っ、月、月子さん、もうちょっと、こっち寄れる?」
頭上から誉先輩の声が落ちる。首を捻る隙間すらない満員電車の中、彼の表情は見えなかった。
どこか紅葉狩りでも行くのだろうか。目の前にある大きなリュックを背負った、性別のわからない背中を睨みつけながら喘いだ。
「こ、こっちって、どっちですか?」
人が多すぎて、ほんの少し動くことすら難しいほどのすし詰め状態で、移動出来る場所なんてないように思えた。
かろうじで繋がっている私達の手も、周りの人にとっては迷惑千万極まりないんだろう。
それでも繋いだ手を離したくなくて、手だけでも存在を伝えたくて強く握る。
「こっちだよ。ちょっと無理させちゃうけど。ごめんね?」
するりと先輩の手から力が抜けた。流れに押されて、あっという間に離れて行ってしまう。
(……嘘っ、やだっ!)
焦って、先輩を探そうと無理やり首を捻る。
誰だか知らない背中にキスをしてしまった。
(うっ、)
ぐっと顔を引いた瞬間、誰かの手が私の肘を掴んで、強引に後ろへと引っ張った。
「わ…っ」
すとん、と鼻が何かにぶつかる。
よく知っている、馴染んだ香りがした。
目を瞬いて首を上へと動かすと、
「こうすればスペースの節約になるでしょう?」
にっこりと悪びれもなく笑う誉先輩がいた。
私の身体は、そっくりそのまま彼の腕の中に納まってしまっていたのだ。あまりの近さに体の熱が一気にあがる。
「こ、ここ車内ですよ…っ!?」
「満員なんだから誰も気にしないよ。それに、君がほかの人に触れられるほうが大変なんだから」
「この状況でやきもちやかなくたって……」
「……もしかして迷惑だった?」
先輩がしょんぼりと眉を下げた。この顔には弱い。私は目を伏せて呟いた。
「そんなことは……。その、う、嬉しいです」
「そう。良かった」
(!?)
あっさり言われたのに驚いて視線を上げると、にっこりと先輩が微笑んでいた。
(……やられた!)
「あれ? 月子さん? ほっぺた膨らませてどうしたの?」
「どうもしないです!」
「ふふっ。君は本当に可愛いよね」
「〜〜〜〜っ!」
膨らませた頬のままぷぃっとそっぽを向くと、手荷物を先輩に奪われた。
「あ…っ」
「きみが掴むのはここだよ」
温かい手が私の手を覆い、そのまま彼の服を掴ませる。
「え……、でも、服、伸びちゃいますよ?」
「そんなことより君のほうが大事」
さらりと言われてしまっては、もう俯くしかできない。
きっと首筋まで赤く染めあがっているから、隠し様もないんだけれど。
「……うーん。それでもこの人の多さだから心配だな」
独り言のように呟いたあと、先輩は私の背中あたりで手を組んだ。ぐいっと引き寄せられて、先輩のお腹あたりで胸がくにゅんと潰れるのがわかった。この距離はまずい、いろんな意味でまずい!
「あ、あ、あ、あの!」
「うん。これで君が倒れることはないから。ちょっと安心かな」
「そ、そ、そういうことではなくてですね!」
「それに抱き心地もすごく良いしね」
ばくばくばくとうるさいくらいの心音はきっと全部先輩に伝わってしまっている。恥ずかしくて、目じりが少し潤むのがわかった。
見上げれば、先輩はくすりと笑って頭をさらりと撫でた。
「ほんとは僕以外が君に触れてる、なんて状況が嫌だったんだ」
ごめんね? と小首を傾げる。
(もう、もう、もう……っ)
電車が急ブレーキをかけたわけでもないのに、私は先輩の服をきゅぅと強く握り締めた。
「……ねえ、月子さん。さっきから君がすごく可愛くて仕方ないんだけど、どうしよう」
「え……っ」
「これ以上混むといろいろ危ないから嫌だったんだけど、それも良いかもしれないね」
「ど、どういう意味…?」
悪戯めいた口元に誉先輩が弧を描いた。
「もっとスペースの節約しても君に怒られないでしょう?」
「おっ、おこりますよッッ!」
「だーめ。可愛い君がいけないの」
「〜〜〜〜先輩ッ!」
「これで君には僕しか触れられない。ね?」
胸に顔を押しつけられて、抗議の台詞は声にならず。
満員電車のはずなのに、ただただ先輩の匂いしか私は感じられなかった。
090807 エコノミースペース
砂吐きバンザイ(^_^)/2 誉が小悪魔です。