真剣な面持ちでマグカップを見比べる横顔に、ちょっとだけ焼きもちをやいてみる。不二山くんに見つめられるマグカップが羨ましいと思うなんて、私ももう末期だ。
手に持っていた真新しいその商品を、もとの場所に戻した不二山くんが、不意に私をみつけた。慌てて顔を逸らしても遅い。キラキラと装飾されたクリスマスツリーの間をぬって、不二山くんがこっちに向かって歩いてきた。
「美奈子。お前はもうプレゼント選べたんか?」
「あ、ううん。私も、まだ」
誰がもらうことになるかわからない、クリスマスパーティに出すプレゼントにしては可愛すぎるかな、と悩んでいたアルパカのぬいぐるみを2頭、不二山くんの顔によせた。
「くすぐってぇ。いいな、コレ」
「ほんと? 当たったひとが男の子でも喜んでくれるかな」
「んー……。そいつによるとは思うけど、俺ならすげぇ嬉しい」
「よかった。あとね、白か茶色でも悩んでるの。クリスマスプレゼントだし、やっぱり白かな?」
2頭のアルパカの額を、こつんと合わせてみる。どちらもつぶらな瞳が可愛い。とてもじゃないけど、どちらか1頭なんて選べそうにない。
「なんでクリスマスだと白なんだ? 茶も可愛いじゃん」
「雪っぽいからかなぁ。でも、不二山くんはどっちが好き?」
「俺? んー…………」
くりくりとした目が2頭を行ったり来たりした。真剣に見比べるその姿に、胸がきゅっと締まる一方で、やっぱり小さな焼きもちをやく。ほんと、私って人間が小さい。
「決めた」
と呟いて、不二山くんが、くいっと茶色のアルパカの頭を撫でた。
「茶色だ。なんか、コイツのほうがハッキリしてていい」
「そっか。じゃあ茶色にしようかな」
「うん。そうしろ」
白いアルパカをもとの棚に戻すと、不二山くんの瞳がそれを追いかけた。ふふ、本当に気に入ったんだな。どうせならこのクリスマスプレゼント、不二山くんに当たればいいのに。
「不二山くんはいいのあった?」
茶色のアルパカの首を傾げながら聞いてみると、不二山くんは眉根を寄せてしまった。
「マグカップみてたよね? あれはどうだったの?」
「男が使うにしては可愛いすぎ、女が使うにしてはカップが重い。だからアレはダメだ」
「うわぁ。ちゃんと貰う人のこと考えてるんだ」
「当たり前だろ。誰かがもらうからには、いいの出したいじゃん」
言いながら、目の前にあったやわらかそうなタオルを手に取った。
「こういうんでもいいけど、もうちょっと貰って嬉しくなるもん、なんかねーか?」
「うーん……、そうだなぁ」
首を捻った私に、不二山くんが悪い、と呟いた。
「自分で考えなきゃいけねーのにな。プレゼントって苦手だ、俺」
手のひらをじっと見つめたあと、何度かぐっぱを繰り返す。
「エスパーとか、そういう才能ねーもん」
「お前の目をみれば、欲しいものを見抜けるぞ! とか、そういうの?」
「それ。そういうことができりゃ、楽なのにな」
「うーん。だったら、不二山くんが欲しいものにしたらどう?」
「俺の欲しいもの?」
こくりと、アルパカと一緒に頷く。不二山くんがおかしそうにクスっと笑った。
「生きてるみてぇ」
「ボク、不二山くんが欲しいと思うものをあげたらいいと思うな!」
まるで腹話術師になった気分で、声のトーンを少し上げた。アルパカの顔を不二山くんに近づける。
「きみが欲しいものはなんだい?」
「俺の欲しいもの、か……」
アルパカを見つめていた瞳が、不意に私をうつした。大きな丸い瞳が、私を捕えて離さない。呼吸の色すらも、見つけられてしまいそうだ。
「な…、なに、かな?」
じっと見つめてくる視線に耐えきれず、地声で首を傾げた。マグカップやアルパカが羨ましいなんて思っていたけど、実際そんなふうに見られると、穴にでも逃げ込みたくなる。
クリスマスカラーに彩られているせいか、いつもより店内には電飾が多く、その光のせいで暑い。そう、こんなに暑いのは、光のせいだよ。額が微かに汗ばむように感じた。
「……やれねぇ」
ぼそりと吐き出したあと、不二山くんは困ったように視線を下した。
「俺の欲しいもん、他の誰かになんか、ぜってぇやれねぇよ。考えただけで、心臓えぐられた気分」
「そ、そんなに大切なもの?」
「それもだけど。俺が欲しくて欲しくてしょうがねーのに、他の奴にくれてやるなんて、ゼッテェやだ」
言い切ったあと、不二山くんは眉を下げて、再び私を見た。
「だから、ゴメン。それはナシだ」
「あ、ううん。こちらこそ、なんか、ごめん。っていうか、そんなに欲しいものがあるの?」
「ある」
「へぇ。なに?」
「美奈子」
「え? うん。なに?」
「……美奈子」
「もう。なに?」
茶色のアルパカを、再び不二山くんの顔に押し付けた。くすぐったそうに目を細めた彼は、
「俺、コイツが欲しい」
と、私の手ごと、アルパカをつかまえた。ああもう、そういうことか。美奈子、なんて言うから、ドキっとしちゃったじゃない。
「……だめ。プレゼントで引き当ててください」
「ケチ」
「ケチで結構。ほら、不二山くんが出すプレゼント、選ぼう?」
「うん……。なぁ」
「ん?」
トナカイ型の肌触りの良いクッションを手に取って、今度は不二山くんがそれを私の顔に押し付けた。
「もう、くすぐったいよ」
「だろ?」
さらに寄せてくるから、私はふわふわのトナカイの赤い鼻をきゅっとつまんだ。アルパカに負けず劣らず、円らな黒いビーズの瞳が可愛かった。
「こういう時間だ」
「え?」
「俺の欲しいもの。お前と過ごす、こういう時間」
不二山くんが、喉を少しおさえながら、
「あー、あー」
とワントーン高い声で言った。腹話術師みたいに、不二山くんがトナカイの首を傾げさせる。
「来週の日曜、あいてねぇ?」
「空いてる、けど」
「どっか行かねぇ? 水族館とかどうだ?」
「え? う、うん。いいよ?」
「……良かった。ちょっと、ほっとした」
地声に戻った不二山くんが、ちらっと私を見てから、
「楽しみだな。来週」
と、柔らかく微笑んだ。手に持っていたトナカイのクッションを微かに振る。
「これ、いいな。俺、コイツ買ってくる」
「あ、待って。私もこの子買わなきゃ」
「新しいの、出してもらわねーとな」
「だね。……ねぇ」
「なんだ?」
「私の時間なんて、いくらでもあげるよ?」
一瞬目を丸くした不二山くんは、ふわりと笑って私の頭をかるく撫でた。
「どうもな。じゃあ、また付き合え、こういうの」
「……うん!」
プレゼント包装をお願いして、包まれていく彼らを見ながら、サンタさんにする願いごとが簡単に決まった。お願いです、サンタさん。あのトナカイ、私が欲しいです。
パーティ前夜の願い事。